2023.1.11
正気の時には読めない本、というのが1シリーズだけある。
人生で何度かは読んでいるけれどそんな理由で一番読んでいる本ではないし、色々なことの後遺症みたいなもので長期の記憶力が人よりいくらか衰えているせいで事細かに思い出せるかといったらそうでもない。
文庫本でたかだか100ページかそこら読んだ後に、急にこんなことを書きたくなってしまうくらいには正気でいることが難しい。
初めて読んだのはたぶん、10歳かそこらの頃だったと思う。
当時家にあったとあるシリーズが結構面白くて、じゃあ同じ作者の別の本も読んでみようと思ったのがきっかけだった。
図書館で借りて、まだその頃は何か色々と起こる前だったし何より感性のかの字もない時分だったのもあって普通に読んでいた。
あれが今までで一番面白かった、と明確に思ったのはもう少ししてからで、もっと言うと読んだ当時はこのシリーズは完結していなかった。
自分が生まれる何年か前に始まって、最後の単行本が出てからもう何年も音沙汰のないシリーズだった。
残念ながらこの間に作者の文体は強烈な切れ味を失って、最終巻はごく普通の小説になってしまった。
だから物語の終わりがどうこうではなく私が好きだった部分が消えて無味になったと言う理由で、最終巻が一番好きじゃない。1回かせいぜい2回しか読んでいない。
漠然と、いつか千歳烏山に住みたいと思っていた。
それはこのシリーズが理由で、けれど誰がいつ住んでいた設定だったか思い出せなかった。
あるいは作者かと思ったがそうでもなく、ただ踏切のシーンと鮮明な駅前の描写があったことしか覚えていなかった。
この何年かの間に何度か引越しをして、その度に持ってはいたものの開いた記憶のない本を手に取った。
とりあえず社会性が摩耗しないあとがきから見て、確かに千歳烏山に住んでいるキャラクターがいることを確認した。
シリーズで一番好きなキャラクターが、ある地点で住んでいる街だった。
馬鹿の一つ覚えのように、理由も覚えていないまま千歳烏山という地名だけを覚えていた。
いつの間にか、彼の年齢をとうに越していた。
初対面の人間の前で踏切のど真ん中に突っ立って死にそうになったこともなければ、シャノワールのコーヒーをソーサーにぶちまけがてら、黒い河を作ったようなそんなこともない。
キッチンも何もかも合わせて8畳くらい、角部屋か何かにありがちな変な形をした壁紙の剥がれたワンルームに、超高級グランドピアノただひとつだけ。
いくらフィクションとはいえ、少女向けのレーベルでよくもまあ載ったものだが、それでも確かに私は、彼と同じ世界を見てみたかったのだと思う。